姫島地車を通じて、未来ある若者たちに伝えたいこと。
姫島地車を通じて、未来ある若者たちに伝えたいこと。
「姫島地車保存会」相談役名誉会長 大垣純一さん
文=多田 修(株式会社マルモット)この記事は「マルモット新聞77号」を再編集したものです。
「姫島には昔から、地車(だんじり)が3台ありました。戦後に数年くらい動かしたものの、その後ずっと眠ったままでした。姫嶋神社本殿の奥には、壊れかけて誰も近寄らない小屋があり、たまたまその小屋の小さな穴を覗くと、地車が眠っていて驚きました。この地車を動かしてみたい!との衝動にかられました。これが、私と地車人生の始まりでした」
今から30年ほど前の地車との出合いを鮮明に語ってくださったのは、姫島地車保存会・大垣純一相談役名誉会長(76歳)。25歳で土木建築『大垣組』を創業し、今や西淀川区の顔として地元から愛される大垣さん。その熟いメッセージをお伝えします。
「私は当時まだ町会の一役員で“ペえぺえ”の四十代半ば。会長から、そんなことができるか! と反対されました。けれどその頃は町会だけでなくPTAの役もやっていたので、応援してくれる仲間がたくさんいました。建築家としての意地もあり、周りの人たちを説得して、新たに小屋を建てて約38年ぶりに悲願の姫島地車が復活。1993年に『姫島地車保存会』が発足されました。
なぜ地車にこだわったかというと、姫島には何もなく、みんなが集まれるコミュニティをつくりたかった。特に若者たちがエネルギーを発散できる楊をつくりたかったんです。1998年、今度は西淀川区全体の地車を一つにまとめようと『西淀川太鼓・地車連絡協議会』を発足させました。しかしそれも大変で、西淀川区には各地域に地車保存会があるものの、横の繋がりが希薄で上下関係も厳しくて。ましてや大きい事を成すには金がいる。そこで賛助金を集めるのに、西淀川区全土の会社や工楊を一件一件、頭を下げてまわりました。
そうしていると、また応援してくれる人が現れるもんですね。結局、1500万円くらい集まって2003年、姫嶋神社の前の通りに、区内の全地車を寄せるという念願が叶いました。警察の機動隊が一個中隊(約40人)とガードマン30人ほどを警備に付けてのお披露目でした。私は運がいい。いつも周りに助けられます。
その後、若い者にどんどんチャンスを与えていきたいと、2008年に地車保存会の会長を次の人に譲りました。自分は若い頃から、人のやらないことをやるのが好きでした。アメリカに行きたくて、神戸港を何度も見つめては、あの海の向こうに渡りたいと思ったものです。行こうと思えば行けたでしょうが、親の世話を考えて行かなかった。未来ある若者たちに伝えていきたい。何事も簡単にあきらめんでほしい。夢は追いかけたら必ず叶う」
今年、2018年の姫島の地車は7月21日、22日。大垣さんの想いとともにぜひ、ご堪能あれ。
姫嶋神社夏祭り
宵宮 7月21日(土)
本宮 7月22日(日)